50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活スタートのはずが、コロナで引きこもり生活が1年以上続く。そんな中での毎日を綴ります。

自他の区別

結婚するまで、彼氏とつきあったり、

ルームメイトと暮らしたりしていたけれど、

彼ら、彼女らは、他人であった。

一緒にいるのが楽しい他人で、

一生、一蓮托生に、人生を巻き込んでいく関係でもなく、

今、そこで、一緒にいることが、

お互いにとって、好ましいから一緒にいるだけで、

それぞれの状況が変われば、終わりになる関係だった。

 

結婚したいな

子供欲しいな・・は、自分の中の自己都合であり、

それには相手が必要で、

誰なら、自分が長く、沢山、一緒にいることが逃げ出すほど嫌にならないか、

そして、

子供を育てるというミッションを貫徹するのに、

仕事や生活費の面で、誰の持っている環境なら、

自分が可能だと思うか、

そんなことで、

相手を決めた。

 

お互いに、同じころに、

結婚したい、

子供が欲しいと思っていた。

各自、親という将来背負わないといけないものへの責任感が似ていた。

似ている部分が多かったし、信頼できる部分も多かった。

まぁ、長い間、つきあったり、

一緒に何かをしてきた人ではなかったけれど、

それまで、こつこつ積み上げてきた、大事なキャリアを捨てても

今、踏み切らないと、

ずっと結婚や子育ては出来ないだろうから、

これも縁だ!とすべてを手放して、飛び込むことは出来た。

 

自他のはっきりした関係でなく、

結婚したら、一蓮托生の共同体のような関係になった。

自分なら、選ばないこと、避けることも、

相手の環境、相手の選んだものによって、

自分が巻き込まれ、責任を負わされたり、嫌な思いをしたり。

自分で選んだものでもないのに、

自分の生活環境が激変したり、

自分の大事にしているものをあきらめなくてはいけなくなったり

自分の大事にしているものは、

軽く扱われ、

相手の大事にしているもののために、

さらに、失ったり、さらに手放さざるを得なくなったり。

 

そうこう20年間やってきて、

子供たちは5体満足で育った。

家庭は壊れず、どうにかやっている。

 

それが私に残ったものだ。

 

大好きだった海外生活、

大好きだった仕事環境、

大好きだった生活環境、

大好きだった生活圏

思い出ある仲間

慣れてきた仕事

そういった、毎日、時間をかけて、少しづつ手に入れてきたものは、

いつも、突然奪われる。

 

今手元に残っているものは、

あまり残っていない。

 

これ以上、奪われるのは嫌だ!

自分の好まない、片隅に追いやられるのは嫌だ!

と、声をあげても、

声をあげられないように、生存条件を不可能にするよう、さらに奪おうとされるだけで、

生きていくため

日々のせいかつのため

という理由で、自分の望まないものを引受けさせられていく。

誰かの都合のために、

全体の幸福のために

 

弱いと選択肢を奪われる。

人から奪われない力を持ちたい。

 

そうやって、10年かけて力を貯めてきた。

仕事のための資格であったり、

適応力であったり

それがあるから、

今の強敵「田舎の長男の嫁圧力」にも、

胸を張って、

自分が選択できる主体を保ったまま、対峙できているのだと思う。

 

スケープゴートにならなければ、

金を止めるぞ、追い出すぞ!

 

そんな脅しを、綺麗な言葉で包んで、

自らを好んで差し出すように、

様々な圧力をかけられるけど、

私が、

判断して、受け入れるか、受け入れず、枠組みを壊してしまうか、決める。

 

自他の区別は最後まで、はっきりつけてもらう。

私の人生は、私のものだ。

主体は、自分。

そこは揺らがない。

 

結婚したとしても、

子供がいたとしても・・。

 

子供は育ち切ったし、

一人になっても、

このままスケープゴートにされて、なにもかも押しつけられて、

当たり前のように、見て見ぬ振りされて、

罪悪感も抱かずに、

捨て置かれ、病気になるよりも、

 

社会のシステムのすみっこで、

どうにか、生きていける強さを育てて、

しっかり自分の力を育てて、自分の人生に自分で責任をとれるように

生きていこうと思う。

 

マザコンの末路

長男の嫁という便利な存在があった時代、

親の介護や片親の死別など

家の問題が起こるたびに、

血もつなっがっていない、力の弱い立場の「嫁」に

面倒くさいことをすべて押しつけて、

見ないふりして、

綺麗ごとの言葉だけの感謝だけして、

すべてがうまく回っていた。

 

今、主人が残された義母の生活を心配し、

親孝行をしている気分になるために、

またもや、私を差し出そうとする。

 

主人の実家にいくと、

全ての雑事を背負わされ、

ただ働きさせられ続け、

それを親孝行ということで、

当たり前のように、

自分たちは、飲み食いし、

クダをまき、絡み、

年数回しか帰らないこと、

孫がいないこと、

仕事を続けていること、

都会生活を楽しんでいること、

そんなことをチクチク言われる。

 

自分たちは、私達以上の生活が出来る年金をもらい、

家もあり、悠々自適な老後生活をしているのに、

日々、教育資金で息も絶え絶えの家計を回し、

細切れ時間のパートで体力を擦切らし、

孤立育児で、旦那不在の日々を回しながら、

無理を言って、休暇を取り、

往復10万以上もかけて、帰省しているのに、

「お前ら、何様だ!」という状態。

 

昔と違って、余裕のない、精一杯の生活をしているのに、

そんな違いを見ることもせず、

そんなことになっているのが、あなたたちの年金を支えているからなのに、

これ以上に、自分たちの平穏な毎日に、楽しい刺激を与えてくれないのは、

酷い!というばかりに、

さらなる、サービスを求め続ける。

 

日々の生活に苦労せずに、

お金に頭を悩ませることなく、

自分たちの住む場所を追い出されることもなく、

今、手にしているものが、奇跡に近く、なかなかみんなが手に入れられないものにもかかわらず、

自分たちばかりが我慢しているような不満を言う。

 

夫もそう。

終身雇用、厚生福利、給料もボーナスも、

一旦レールに乗って、そのレールを下りない限り、

きちんと支払われる賃金。

その額をパートで得るには、

何を犠牲にしなければならないのか、

どんな「特別」なら可能なのか、

子供たちが同じようなものを得ようとすると、

それは不可能に近い、恵まれたもので、

競争を勝ち抜き、闘い続けられる者だけがのみ手に入れられるもので、

それを「周りはほとんどこう言う」とか「これが普通だ」

「お前の考えは、異常だ」という言動で、

私の意見を封じ、自分の思うように、物事を決めていこうとするけれど、

今の世の中、

そんな「普通」は稀で、幸運にもまだ侵されていない「昭和の価値観」の中だけで、

存在していることであり、

消え行くものだから、

そこを基準に、後戻りできない、これからを選択することに、

私達はついていけない。

 

まぁ、昭和の価値観のままに、

残り少ない人生を終わるのもいいだろう。

だけど、

これからのある、子供たちや、私達までも、そこに引きずり込むのは間違っていると思う。

 

どうしても、一歩たりとも、その価値観の外に出られないのであれば、

私たちと違う道を歩まなければならない。

そして、

大好きなお母さんと一緒に、沈みゆくしかない。

20年過ごした私達よりも、お母さんが大切だというのならば、

それは、しょうがない。

元々、そうだろうなと思っていたし、

そこから抜けられないから、

私達に対しても、責任感を持って、辛抱強く、守ってくれてきたんだし、

それはしょうがないと思う。

 

だから、絶対嫌だと無理は言わない。

お義母さんがいなくなったら、

生きる意味をなくしてしまうんじゃないかと心配するほどに、べったりの関係だから、

それを外からとやかく言うつもりはない。

魂を共有しているのは、お義母さんとで、私とではないから。

 

私が、自分の親に対して、思う気持ちと同様に、

主人が、自分を支えるもっとも大切なものとして、自分の親を考えることを

止めることは出来ない。

そういうもので、そういうものだから、結婚できたのだから。

 

自分が義母を第一に考えるのを、

同じように、私に強制するのは違うと思う。

私にとって、義母は、単に、夫の親で、

だから、不都合が生じない程度に、支えようと思っているわけで、

大事さは、単に、20年前に知り合い、年数回、ただ働きさせられた知り合い程度のものだから、

自分の親より大切でないし、自分の子供や自分の生活のほうが大切だし、

自分を支える大切なものがきちんと守られている限り、

余裕があれば、手伝ってあげるよ!くらいの気持ちしかない。

 

自分の生活よりも、自分の命よりも、

大切だと思っている、夫とは温度差がある。

 

夫が、義母中心生活に突っ走るを止めようとは思わないし、

まぁ、とはいっても、

介護や親の老いは、子供にとって、先のない、かなり精神的にしんどいものではあるので、

親の老いを忘れて、逃げかえることが出来る、普通の生活を続けている、私達の生活空間を居心地の良いものにして、待ってあげようと思っていた。

不在でも、世話してくれなくても、気にかけてくれなくても、

きちんと存在し、

きちんと生活をしている、そんな家族生活をしようと思っていた。

 

それが、

完全に、揺らいでいるのです。

 

一緒くたにして、自分は大きな仕事をしたつもりになって、

スケープゴートの嫁を置き去りにして、

逃げて、安心する・・そんな生活をどうしても夢見てしまうようなのです。

 

精神的な死か、従属か、そんなところに追い込まれたら、

自分を守るために、敵認定してしまいます。

私が敵認定してしまうと、生存をかけた闘いですから、

お互い、倒れるか、倒されるか。

そんなことをやったら、どちらに転んでも、

不幸です。

 

みんな幸せになる方法はあったのに、

間違った方法を取ったことによって、

みんなが不幸になる。

そういうのは、嫌だなと思います。

 

 

 

介護と家探し、同時にしなければならなくなった

住む場所をどうにかしなかきゃ、と初めて考え始めたら、

物件の値段や、住んでる場所の地価が分かり始めた。

 

この年まで、そんなこと考えずに、

教育費に全フリしながら、

好きなことの集中投資をして、

老後を考えず、

暮らしてこれたのは、幸運だったというべきか、

何をいまさら・・という感じなんですが、

定年間近にして、初めて、住む場所について検討しているのです。

 

転勤族って、自分の住みたい、ここにずっといたいという希望を

会社に踏みにじられる3月を毎年感じながら、

一時的な住処、一時的な関係の中で、生きているので、

会社がなくなると、

始めて住処問題に直面するのですよね。

 

まぁ、今回は、義父の急死、義母の独居、自分の定年という

大きな人生の節目に、ショック状態の夫が、

自分の不安を、「これを機に、すごいお金使って、いい家建てちゃおう!」という

わくわくにすりかえ、精神状態を保とうとしているので、

これは考えなしの大出費、その場しのぎのバタバタ転居をしてしまうと、

ずっと後悔するような、

あとになって、動けない、お金がないと選択肢の全くない状態に陥ったり、

家族がバラバラになったり、傷つけあったり、疲弊してしまったり

しないように、

今は、最小限のお金で、最小限の対処として、ものごとを決めていったほうがいいと思う。

 

問題は、社宅を追い出されるので、次の住処を探す

義母の一人暮らしを軌道に乗せる。

あとは、時間をゆっくりかけて、慎重にベターを模索していくべきだ。

 

なにもかもを一度に解決することは出来ない。

 

時間がたてば、今のショック状態から抜け、

優先事項も変わっていくかもしれない。

 

さぁ、とにかく、今しないといけないことは山積みだけれども、

先走らず、

一人一人の力を信じて、

不安がらず、

対処していこうと思う。

 

年をとってからの住処

夫が60歳になった。

社宅から追い出される。

老後の住処をどうするか?

 

それぞれの親が介護が必要になるかもしれない。

彼らの持っている家を引き継ぐものは?

 

高値で売れるような物件でもなく、

わざわざ好んで住みたい場所でもなく・・。

でも、

いざ住む場所がなくなり、自分たちでどこか借りなきゃとなると、

今までのような立地、今までのような広さの賃貸は

気軽に払える額を超え、どうしてもなにかを我慢しなければならない。

 

これまで住んでいた社宅は、

築30年を過ぎ、古いデザインで、

自分で選べるなら、周囲の人たちが住んでいるようなモダンなマンションに住みたいと

常々考えていた。

しかし、自分たちが今払っている額の倍を出しても、

そんな立地にはまともな賃貸がない。

 

自ずと、不便な、場所で探さなければならない。

 

子供たちも大きくなり、自分の部屋が必要なので、

そうすると、3LDKでは狭く、4LDKあっても、荷物がすべて収まるかどうか・・。

今までは、古い仕様あったので、

押入れは各部屋にあるし、外に、大きな倉庫もあった。

駐輪場や駐車場もあるのが当たり前で、

それでも収まりきらない荷物を、各実家に押しやっていた。

 

そういった、大量の家具を、普通の賃貸に押し込めるのは、至難の業。

 

そう考えると、社宅はありがたかったと思う。

 

今回、義父の死去に伴い、独居の義母宅を改装して、

私達が同居するという構想を、急に、夫が言い始めた。

 

建築デザインに憧れのある夫が、ここぞとばかり、自分の夢を思い描いたプランを

勝手に進めようとして、

今のままの居住空間を維持し、ここで死にたいと願っている義母に、

一人住まいの不安を切々と訴え、

義母お気に入りのメインスペース以外の家半分の増改築の許可をもらって、

建築会社に見積もり依頼までしていた。

 

どう考えても、3部屋くらいは増やしてもらわなければ、

私達の居住スペースはないのに、

1階建てを2階建てに

住みながらの増築

夫の夢の詰まった、デザイン性に富んだ空間

の希望を出していた。

 

私としては、もともと同居は嫌!

そして、

その場所も嫌だけど…の状態。

 

しかし、月10万くらいの賃貸を払い続けることを計算すると、

あの家に住もう!という話になるのも分かる。

 

そうやって、右往左往していたら、

義母がはっきりと、増改築は嫌だと表明。

建築会社からも、建て直し以外2階建てにするのは建築法で無理とのこと。

建て直しだと、4300万の見積もりがきた。

 

4300万?!!!!

夫も想定外だったようで、

それまで勝手に進めていた話を、「いくらまでなら出せるのか?」

「借りたほうがお得なら、ローンを組むかも」なんて言い出した。

 

これから、急激に給料が下がりながらも、会社にしがみついて、

年金が出るまでをしのがなければならない私達。

子供たちは、未来の8050問題がみえるような、ニート体質。

 

私の年金はほとんどなく、

これまでは、こどもの教育費に全振りしてきた家計で、老後資金なんてないのに、

今から、借金するつもりですか???

 

退職金や親の遺産といった、ちょっとまとまった額を手に出来そうな未来と、

今の会社から隅に追いやられつつある焦燥感、

義父を亡くし、大事な義母が一人になったという不安感から、

後になって、大後悔しそうな決断をしてしまいそうなご様子。

 

私が口出すと、

義母との同居が嫌なだけだろ!と頑なになってしまうし、

頭を冷やして、冷静に決断が出来るまで、

私がとやかく口を挟まないほうが良さそう。

 

義母の様子だと、

義父を亡くしたショックから鬱になりそうな怖さはあるし、

高齢だから、生き抜く力をなくせば、いつ亡くなってもおかしくないので、

滅多なことは言えないが、

今のショック状態から立ち直り、生活を外からサポートすると、

案外、元気にずっと長生きできそうな気もするのだ。

 

私と生活スペースをかけた争いに疲弊するよりも、

今まで通りの穏やかな生活を、広々とした大好きな空間で、

過ごしながら、

子供たちや、親族が気軽に遊びに来れる

そんな家を自分が中心になって管理したほうが良いと思う。

介護が必要になったら、

その時々にあわせて、介護しやすいように、家に手を入れていく。

今なら、

車が2台置けるように、玄関前を整備

そして、

車いすが必要になったら、スロープといった形で、

ゆっくり手を入れていけば、

お義母さんがなくなり、私達が老後をそこで過ごそうと思っても、

バリアフリーの住みやすい住居が残るだろうし、

その頃には巣立つ予定の子供たちのいなくなった建て増し空間もなく、

現状のすっきりした暮らしが保てるのではないだろうか?

 

まぁ、私達のこれから住む場所は、5年くらいは、子供たちもいるのだから、

どこかに借りなければならない。

 

自分の実家へのアクセス、

仕事や学校へのアクセス

便利さ

いろいろ考える中に、

義母宅へのアクセスのしやすさもあり、

夫のように、

それだけで選ぶわけではない。

 

離れることへの不安感でいっぱいのぼくちんのために、

それなら、半分居住を自分だけ移せばいいと思う。

私は、マイペースに、今のところ(今の様子)だと、週1~2のペースで通うので、

それ以外の、寂しさのケアは、

思う気が済むまで存分に、夫が住み込んでやればいいと思う。

仕事しながらだと、家にいても、朝昼は一緒でないし、夕食も別だ。

独りで食べる侘しさを嘆くなら、

まずは、日曜日一緒に食べてくればいい。

 

コロナもあるから、大人数ってわけにもいかないので、

子供たちの食事を考えると、

私は、やはり家で食べなければならない。

 

そうやって、足りなければ、増やす。

しかし、いったん始めたことは、減らすことは難しいので、

「出来ない」「困った」を見て、動く。先走らない。

 

そうやって、進めていこうと、私は思う。

 

 

介護の必要な高齢者家族 はじめて編

義父の急死に伴い、

恐れていた介護生活始まりそうな予感です。

結婚当初から4人の両親の介護をどうするか?

見渡しても、私以外に適任者はおらず、

黙っていたら、全てを押しつけられ、にっちもさっちもいかなくなる未来しか見えず、

押しつぶされそうになっていましたが、

ここまで、皆、なんやかやと、夫婦で支えあって、

私達の生活を邪魔することなく、

子育てや仕事に邁進することが出来、

ありがたかったです。

 

義両親に関しては、もう94歳と88歳

よく、ここまで2人だけで暮らしてくれました。

数年前から、義父は入院したり、足腰が弱くなったりして、

遠方に住んでいた主人が土日で帰省したり、

介護休暇を取ったりして、

なかなか金銭的にも、体力的にもしんどそうでしたが、

主人も60歳。

仕事を選ばなければと、同じ市内に転居してきました。

 

コロナが流行り、

うつしても、納得がいくように

主人が主たる介護者として、週一回、顔を出し、買い物を行う。

愚痴をきいて、帰る。

その最前線に立ってくれたおかげで、

私もいらいらすることなく、

時たま、イベント時に顔を出し、

遠くから挨拶するだけで、すんでました。

 

それが、義父の突然の死によって、そうも言ってられない状況におかれつつあります。

 

私の親は私が

主人の親は主人が・・を強く押し出し、

子育てさえ、仕事に逃げまくった主人を自分の親の介護の最前線に立たせることは

上手くいきつつあります。

しかし、男兄弟2人・・

親を愛し、心配はしているけれど、

実際、地域社会で動いたこともなく、

お互いさまや、いろいろな弱い人と共に生きる方法を見たこともなく、

いつも上から目線で、無意識にマウンティングしてしまう「強者」の論理を振り回し、

誰かに弱みを見せ、助けてもらうことを恥としてしまって、

出来ないのに、抱え込み、ストレスを抱え、いっぱいいっぱいになっていく・・

そんな姿を家庭に持ち込んでくるので、

やはり、私がものの見方をアドバイスしたり、

情報を与えたり・・そんな役目をすることで、

義母の期待しているような、スケープゴート的な嫁役割をせずに、

彼らの助けになるのではないか?とも思う。

 

男兄弟、話し合うこともなく、

けん制しあって、

お互いに遠慮しあって、

なにもせず・・という関係で、

そのすっぽりと開いた、遠慮の空間に落ちこんでしまった助けを必要としている親が一番、困ってしまう・・そんな状況。

 

親に対しても、叱咤激励、奮起させるための強い口調ばかりで、

共感、じっくり聞く・・ことが出来ない。

 

私も仕事として、拝聴するふりは出来るのだけれども、

姑と嫁という敵対する立場で、

生活ゾーンや権限を巡って、自分の生存空間をかけた闘いが行われる関係で、

素直に、相手の望むように、共感し、うなずいてばかりはいられない。

 

いちいち反論し、撃破しなければならない、

時代錯誤の生き方を押しつけてくるので、

私を前面に出すと、優しい介護にならない。

 

そこは分かっているので、

距離を取り、

手配をし、

前面に出ずに、サポートしようとしている。

 

そういうゆったりとした心構えでいるにもかかわらず、

主人が親の近くに住み続けることを選択した結果、

私達は、来年三月に、今いる住処を離れなければならなくなった。

今いる社宅は、通勤にも通学にも便利で、

安く、広く、そこそこの快適性。

 

しょうがないので、どこか住処を探さねばならないが、

そこに、今回の義父の死、義母の一人暮らしの不安が重なり、

一緒に住む?という話が出る。

 

狭い、今の住居に私達が住むならば、

増築して部屋を増やすのが大前提。

遠距離通勤や、私の新しいパート探しなど、

私達の生活は再び大激震に見舞われるわけで、

住みたくもないド田舎の古臭く、デザイン重視の暮らしにくい、介護しにくい、こだわりの住居に喜んで住みたい訳はない。

だけど、選択肢がないのであれば、

私達の荷物が入り、生活できるスペースと、

介護が必要ならば、スムーズな介護の出来る生活動線を確保し、

そこに住み続けるのであれば、

義母のしんだあと、子供たちが巣立った後に、

ゴミとならない、住み続けられる住居にしてほしい。

 

お金にはいとめをつけないから・・と、

今のままの空間を維持しながら、

今のままの生活をしながら、

家半分を立て替えてほしいという義母。

 

自分が死んだ後、ごみのようなこだわりの住居とともに、

相続する財産もなく、

住みたくもない場所に住まざるを得ない私達は、

どうすればいいのでしょうか?

万が一、長生きされて、

介護負担が重くなっていったときに、

無駄な出費でばらまいたせいで、

満足な介護費用もなく、

どうやって、面倒を見ればいいのでしょうか?

 

今、義父が亡くなったばかりの傷心の時期に、

こんな疑問を投げかけるわけにもいかず、

とにかく、

もっと時間を置いて、

ゆっくり、家のことはやっていってほしいです。

 

なんといっても、子供の受験、

そんな重要な時期です。

 

まずは、家のことはさておき、

近居介護のつもりで、

生活を整えていきたいと思います。

 

PS 家を扱うとなると、

兄弟間も、遺産のこととか、お互いにぎすぎすしそうです。

一歩引いて、

兄弟が、外からケアを与える形で、協力し合えれば、義母が亡くなった時に、

心残りも少なくなるし、いい形で、兄弟関係をつないでいけると思うのですが、

家を長男家族が占領し、その不満ばかりが、次男に吐き出されると、

手も出しにくいし、文句だけいうことになり、兄弟関係破綻します。

みんな、義母を支えたいという思いはあるのだから、それを有効活用できる協力体制を構築したいです。

大体、親の介護に携わる、子供同士のいがみ合いは、思いあっても、手が出せず、口が出せず、そして、参加していない罪悪感を不平不満にかえて、ぶつけたために、

相手が怒り、閉じこもり、拒否して、そして、傷つけあった結果、許せなくなってしまうのだから、

まずは、ことこまかに、報告。シェア。

 

本当は、勝手に主人がすすめている家のことも、

兄弟と話すべきなのでしょうが、

まず、建て替えなければ同居できない

そして、建て替えは、数年かかる、

来年3月は、別のところに引っ越す

それが確保できそうなので、良しとしましょう。

 

結局、今必要なのは、一人暮らしを支える体制構築です。

週一の私の顔出しと、日曜日の主人の顔出しで、

どうにか、やっていきたいと思います。

あら!体重は増えたけど、体脂肪率はいい感じ!

f:id:myumine:20210906081108p:plain

体脂肪率は30%切りました!

筋肉量も上がっていて、体脂肪も減っている。

理想的な状況です。

 

体重だけを見ていると、増えているので、

きっとダイエットを失敗しているのだと思ったはず。

体脂肪率に注目するのは大切ですね。

 

ここしばらく、義父の死亡に伴い、

義母の介護や、住居に関して、心労や悩み、忙しさに追われていましたが、

そんなこんなで、身体はいい感じになってのでしょうか?

 

忙しくても、朝のジムは行こう!

タンパク質はとろう!!

私達に必要な家の機能

家族4人と義母が同居するとして、

受験生、大学生の男子と、これから介護が必要になってしまうかもしれない高齢者

全く生活スタイルの相いれない2つの家族が一緒に住み始める場合、

かなり広い、しっかりとゾーン分けした生活スペースが

それぞれに確保されなければ、

軋轢を生み、イライラしながら、

お互い我慢がずっと続く状況で、

お互いに、心休まる居場所が奪われた気分になって、

家庭内ネグレクト、または、家族崩壊が起こるだろう。

 

一番弱い人が鬱になったり、

ひきこもりになったり、

誰かがスケープゴートのなったり、

逃げ場のない地獄が始まる。

 

その入り口に今たっている。

 

安易に考えなしに足を踏み入れてはいけない。

 

「親を見るのは当たり前だから」といった嫁に押しつけてきた伝統や

これまで、集団を維持してきたルールを考えなしに踏襲してはいけない。

 

自分の人生や、自分の家族、自分の守りたいものをしっかり守り通すために、

闘わなければならない。

慎重にならなければならない。

 

もし、一緒に住むなら、今ある実家に

なにがあれば、可能だろうか。

 

不便な場所にあるのを補うために、

出し入れしやすい、駐車場は2台以上

各自の部屋が必要で、コロナ下の隔離生活が可能なように、

3部屋は増やしたい。

2階建てにするなら、外階段と内階段、2階にもトイレ、シャワー、キッチン

があると、いずれ、子供たちが巣立った後に、学生に貸し出したりできる。

庭の手入れをしなくていいように、

隣家との境界は草木をなくし、砂利とか雑草対策してほしい、

洗濯物を干すたびに、虫や蚊と格闘したくないので、

草木のない、屋根のある洗濯干し場所、ゴミ出し場所

テーブルの生活

いらない荷物の少ない家

キッチンのシンクの高さや、お風呂もかえたい

手入れが楽で、綺麗が続きやすい、メンテが必要のない

そんな家が欲しい。

 

今後、年を取って、

住む場所を追い出されたりする心配がなく、

絶えず変わる隣人トラブルの可能性にビクビクする必要もなく、

安心して、年を取っていける場所は欲しい。

 

一応、市町村もサービスの充実したところだし、

車さえあれば、そんなに不便でもない。

がけ崩れはなく、浸水被害地域でもない。

 

そんなことを考えると、最悪ではないのだ。

命の危険を感じる、治安の悪い場所でもない。

 

まぁ、どうなるか分からないけれど、

良いようになると信じて、

過ごしていこうと思う。