50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活は、自分の老後も視野に入れながら、始めます。

コロナ前とコロナ後、どっちの生活が良い?

緊急事態宣言が出て、ひきこもり生活が始まった。

いろいろな楽しいことが出来なくて、

エンタメ業界や飲食業が壊滅的になって悲鳴が上がっている。

 

でも、そういった業界に関係がなく、

私達のように、在宅勤務になって、ひきこもり生活をやっただけの人も

かなりいると思う。

会社の業績とか、将来の税金とか、

今の状況の悪い側面が将来振りかぶってくるのだろうとは思うけれど、

緊急事態宣言解除が近づいてくるにつれて、

この生活も悪くなかったんじゃないか?

結構、楽しかったかも。

のんびりできて、ストレスは少なかった

なんて気持ちも湧いてきた。

 

過労死寸前だった夫の働き方も、

夕食を一緒に食べたり、

家で軽く仕事を終えた後は、近所を散歩に行ったり、

健康的で、楽しそうだ。

 

朝から晩まで、学校と塾のはしごをして、夜中までゲームをしていた息子も、

充分に寝る時間を保てている。

 

小さな子供のいる家族も、

お父さんがいることが多くて、

孤立育児から解放され、家族で過ごす時間が大幅に増えているようで、

楽しそうだ。

 

 

ワイドショーを見ていると、

倒産や営業できずに借金を抱え、

自殺者が増える!と連呼しているが、

予想に反して、自殺率が減っている

という報道があった。

 

 

企業の業績や経営者たちは頭をかかえているだろうが、

今回の災難は、自分の会社だけでなく、

他の会社も、そして、世界中が直面しているので、

株価も自分の会社だけが落ちているのではないし、

増え続ける借金も、

国家が簡単に融資してくれたり、

甘い要件で、簡単にお金を配ってくれたりしているので、

いますぐどうこう・・ということではなさそうだ。

 

個人や中小にとっても、すぐに追い詰められて、自殺するような真面目な、それで尚、ぎりぎりの生活をしている人にとっても、一律に配られたお金によって、

どうにか生存できる条件や希望が整っているのかもしれない。

 

コロナ前の生活でも、

心が消耗して、

鬱になって、

多くの人たちが、自殺していた。

過度な競争にさらされ、

ストレスに追い詰められていった。

過度な競争は、日本国内だけでなく、

中国や韓国、海外との競争で

息をつく暇もないくらいに加速していた。

 

そんな状況下では、

ちょっと気を抜いたら、

ちょっと仕事以外の、生活に目を向けたら、

会社も、個人も、あっという間に、すべての市場を盗まれ、追い出されるような

競争がおこっていて、善悪や正義よりも、利益優先、国益よりも己の利益、そんな競争にさらされて、多くの人は心を病んでいた。

 

それが、コロナは世界中に、資本の大小にかかわらず、

平等に危機に直面することになった。

 

世界中の社会活動が、自分の命の危機を理由に、

一旦立ち止まった。

 

立ち止まってみて、

このひきこもり生活を長々と続けるのか?

それって、生きている意味ある?

と、なった時、

一人一人が、

命を懸けてもやるべき己の使命、社会的役割を考え始めた。

 

この社会で、自分が活動するためには、

他人にも共有できる、その活動の意義に沿ったものでなければならない。

 

エッセンシャルワーカーと呼ばれるようになり、

緊急事態宣言下でも、休業が求めらえず、

社会の人々に「働き続けてくれないと、困るのです!」と言われる職業。

それは、これまでの稼げる、稼げないといったヒエラルキーとは別に、

社会が必要とする、あまり必要としないといった区分けにそったものだった。

 

医療従事者やワクチン開発者、自衛隊や行政機関といったハイレベルな専門性を持つ職業だけでなく、配達業者、小売店、スーパーのレジ・・アルバイトやパート、時には外国人が担ってきたような職種さえも、今回の状況下では、エッセンシャルワーカーとなった。

 

葬儀会社やゴミ収集者も、感染リスクがあっても、仕事を全うしてほしいと、社会が頭を下げてお願いする人々だ。

 

一方、華やかにテレビを彩ってきたセレブリティの人たち、

芸能人やスポーツ関係者、タレントや夜の商売の人たち、

平和な社会で、一番活気があって、お金がまわる位置にいた人たちは、

この緊急事態状況下では、

私達と同様、感染を広げないために、家でおとなしく過ごすしかない、

自己隔離が求められる職業となった。

 

これらは、なくてはならない社会的役割ではなかったということなのだ。

 

その事実に憤りを感じる関係者もいるだろう。

しかし、その業界でトップになるために、長い鍛錬や努力を続けてきた人々の価値が

なくなったわけではない。

 

自分のやっていること、能力を、

コロナの広がった社会の中でも、

今までとは違う形で、この社会に何か貢献できないだろうか?

そういう風に考えられる人たちは、

必ず、道が開けていくと思う。

キーワードは「社会的貢献」だ。

 

ミシュランの一つ星を取ったレストランが、休業を余儀なくされた。

家賃が!営業利益が!と損益補填ばかりを

ワイドショーで訴えているお店が多いなかで、

そのお店は、

自分たちが休業することで、

自分のお店を支えてくれている納入業者が倒産することを心配し、

将来、店が再開するために、

納入業者を支えるために自分が何が出来るかを考えた。

自分の店のブランドと、自分の持っている技術

それらを使って、

FBを通して、お店のファンの人たちに、

高級魚を仕入れ、仕込み、一盛り1000円くらいの刺身や、切り身を販売しだした。

 

値段からいって、利益はないだろう。

しかし、

一緒に働いている職人たちは、

ミシュラン一つ星の技術を持つシェフから学ぶ機会を持てる。

お客さんともつながれる。

納入業者にもお金が入る。

素晴らしい仕組みだと思う。

 

飲食業も、お店も、「もうかる」からと、

参入してきたようなところは、

もうからなくなったら、

クローズしていく。それはしょうがない。自然淘汰だ。

 

エンタメ業界も一緒で、「金が稼げるから」を理由に志した人は、

金が稼げなくなったら、

そこに見切りをつけるだろう。

 

しかし、多くはそうではないはずだ。

その業界に集まる人が好きで、

やっていることが好きで、

そこにいたくて、そこでがんばりたくて

やってきた、努力をし続けてきた人たちだと思う。

 

国からの微々たる休業資金や援助だけで耐え抜いてください。

最低限の生活さえできたら、

今は充電期間となにか新しいことを身につけるチャンスだと思えるのではないだろうか?

足りなければ、レジ打ちや配送業のバイトをすればよいと思う。

若くて、健康であれば、少しのリスクがあっても、働く場所はあるし、

年を取って働けないのであれば、静かに暮らすことも許される。

 

本物の志のあるひとなのか?

それとも、

過去の栄光にしがみついているだけの終わった人なのか?

既得権を振り回し、金儲けや権力を求める手段として立場や役割を利用している人なのか?

そんなことが明らかになってくるだろう。

私達は、本物を見極める目を持ちたい。