50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活スタートのはずが、コロナで引きこもり生活が1年以上続く。そんな中での毎日を綴ります。

義両親の介護は嫌だ。新しい生活スタートしていく。

夫の在宅ワーク週間が終わり、

毎日出社するようになった。

 

次男の高校も朝7時半からの課外が始まり、

土曜日も学校に行くようになった。

 

私も、朝5時半に起きて、弁当作り、

長男も朝から晩まで大学の課題に追われている。

 

日常生活再スタートといった形だろうか?

 

このコロナのひきこもり期間の前後、

私達は長年住み慣れた地域から、実家の近くに転居した。

親の介護がしやすいようにという理由からだったが、

いざこちらに来てみると、

「コロナ」という格好の理由が付与されたので、

義両親の介護は主に主人が担当。

週末顔を出し、愚痴を聞いたり、相談に乗ったり、

買い物をしたり・・・

嫌だな・・と憂鬱になりながら、

私がしないといけないのかと思っていたこれらのことを

「コロナ」を理由に私は全くしなくてよくなった。

 

家長父制の価値観の抜けない、

ド田舎の長男の嫁。

私の気持ちなんて完全無視で

完全に私に乗っかる気満々だった義両親も、

私にアクセスできず、

親族をフル稼働させたプレッシャーもかけられず、

なんかぽっかり自由にできる空間が生まれた。

 

介護は長い期間かかるものだから、

私としては、

義父母二人で助け合って生活が回っている期間から、

私の時間やエネルギーを使う気持ちはない。

こちらとしては、

ただ、義理で行う行為だ。

生活が回らなくなって、一人で孤独で、

沈みかけているような人を見捨てるつもりはない。

一人の人間として、

私にできることを手伝うつもりはある。

しかし、

嫁だから、当たり前というような

システムに則っとって、

勝手に私の時間や手間を自由にタダで使えると勘違いしているような態度を受け入れるつもりはない。

 

自分の親に関しては、

これまで長い間、助けてもらい、愛情をかけ続けてもらった恩義がある。

愛情がある。

だから、こちらから出来るだけ助けてあげたいとか、

少しでも長く、元気なうちに話しておきたいとか、

交流しておきたいとかいう気持ちが私のほうからうまれる。

 

義両親に対して、主人も同じような気持ちなのだろうということは理解できる。

 

しかし、私が主人の親に対して同じように感じるか?という話は別だ。

 

30もすぎて結婚し、出会った人たちなのだ。

既に年を取っていた義両親たちの孫たちへの愛情を感じても、

私が困っているときに助けてもらった覚えはないし、

ずっと、ずっと、親孝行のため、

わざわざ孫を連れて、遠方から顔を出し、

そのたびに私のパートの数か月分の旅費を工面し、

主人や孫たちがゆっくりしている間も、

ただひたすらキッチンに立ち続け、

一日中、ぐったりするくらいに、

家事をして、

気を使って、

アル中の義父に絡まれ、

その家だけで通じる、偏った価値観の主義主張を黙ってききつづけ

ムカムカしても意見せず、

ニコニコ仮面をかぶって、

早く帰りたいと念ずるだけの日々を過ごしてきた。

 

親孝行は、充分したと思うのだ。

 

与えられる分は充分に返した。

これ以上、私に望むのはおかしくないですか?

 

そう思って、こちらに引っ越してくる数年前から、

気が重くなるので、

あまり考えないように自分をごまかし過ごしてきた。

 

こちらに引っ越し、

いよいよ地獄が始まるのかな?と

思っていたところ、

コロナで移動制限が出た。

 

なんやかんやと、

一旦、自分だけの生活をする時間が出来た。

 

人とのつながりが切れ、

しなければならないこともなく、

そして、繰り返される毎日。

 

自分が嫌にならないように、

自分が逃げ出したくならないように、

自分が疲れないように

そんなことを考えながらスタートさせた新生活。

 

子供たちの生活が通常に乗りはじめ、

私にも生活の軸がうっすらと出来始めた。

 

これから、通常に戻るにつれ、

私も少しずつ、社会とのつながりがまた出来てくるだろう。

 

最初が肝心。

 

嫌なものにがんじがらめにならないように、

ほっとするもの、好ましいもの、好きなものを引き寄せるように。

 

そうやって新しい生活をスタートさせていきたい。