50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活スタートのはずが、コロナで引きこもり生活が1年以上続く。そんな中での毎日を綴ります。

コロナ生活1年たって何が変わった?

2020年1月3日に、友人宛に、中国でのSARSらしき肺炎について、

警鐘を鳴らすことが出来た私は、すごいと思う。

 

香港の運動を毎日ネットで追っていたので、

その中で、共産党の嘘のつき方と、

SNSで流れてくる、武漢庶民のSOSの乖離から、

これはヤバイ!本物だ。

中国が正式に発表することを鵜呑みにしてはダメだ。

春節稼ぎ時!なんて言っている場合ではない。

 

とにかく、自己防衛。

政府が動くのを待っていてはだめだと思い

マスクを購入し、消毒液を買った。

まだその頃は、マスクは100枚350円で売っていて、

山積みになっていた。

毎日使ってもこれくらいあれば、数か月は持つだろう・・と

4箱くらい買ってお終いにしていたのだが、

中国人の留学生たちが、買い物かごいっぱいに買っていた。

郵便局に行くと、箱詰めしたマスクを中国に送っている人がいたりした。

 

 

中国人観光客をみてはビクビクして、

消毒液をしていたので、

手が荒れて、皮膚科に行くことになった。

・・それが2月末。

 

子供たちの受験や引っ越しを経て、

新生活が始まる頃には、

緊急事態宣言が出て、身動きできなくなった。

 

それから、

手持ちのマスクのストックもなくなり、

布マスクでしのぎ、

1箱1000円も出して買う日常が来るなんて、

当時は思ってもいなかった。

 

ワクチンが出来て、

日本なら、2021年にはオリンピックが出来るようになるだろうと思っていた。

 

夏が過ぎ、

ワクチンも出来つつあって、

さぁ、最後の山場の冬だ!とは思っていたけれど、

イギリスの変異種が出てからの増え方は、

想像以上だった。

 

新生活が始まらずに、ずっとひきこもり生活が続く。

 

だんだん、人に会わない生活、しゃべらないこと、

コミュニケーションが取れないことが普通になってきて

もともと

コミュ障気味だった私にとっては、

気合を入れて、スイッチオンにすることのない生活が続きすぎて、

もう戻れないような気がする。

 

人と会わない。

人の視線を気にしないですむ。

 

化粧しなくても、

部屋着でゴミ捨てに行っても、

人と会っても、話し込むことはないし、

表情のほとんどはマスクで隠れている。

・・結構、居心地がいい。

 

あら~あの奥さん、だらしないわよね。

昼間なのに、化粧もせずに、ダラダラ過ごして・・。

 

そんな他人の目が皆無。

自分の中の最低線ボーダーが駄々下がり。

 

寒いから、風呂入らなくていいか。

水冷たいから、顔洗わなくていいか。

パジャマのままでいいか‥。

 

お前は、ひきこもりニートか!!と突っ込みたくなる。

 

体重は徐々に増え、

ニキビができるなんて、

大人になってからあったかしら?

こんなことになる前に、

自己嫌悪に陥って、

自分でリカバー出来たはず!これまでは・・。

 

それが、出来ずにいる。

 

自分を甘やかしたいだけ甘やかし

やりたいことだけをやっている毎日。

自己研鑽は全くなく、

ゲーム漬けの子供たちを叱ることなんてできやしない。

彼らは、辛うじて、学校に行ったりしているもの・・。

 

イベントもことごとくキャンセルだから、

お金も使うこともなく、

食べることくらいにしか使っていない。

 

なにか新しいことをしたり、

未来の投資になることを始めたりする充分な時間はあるのだけれど、

コロナにかかってしまったら、

全て無駄なんだよな‥と思ってしまう。

 

新しいことに自分が動くことが、

コロナにかかるリスクを高める行動になるかもしれないから、

最低限のことしかできない。

新しい人とのつながりや、

新たな場所へ行くことが、

そのリスクを高めて、

もし万が一、かかってしまったら、

後遺症や最悪(身体的や社会的な)死へとつながってしまったら、

すごくマイナス。

やらないほうがまし。

停滞していたほうがまし。

 

そうなってしまい、

ただ時間を浪費した一年間だった。

終わりが見えない。

終わるのか?

終わったとして、コロナ前のようにアクティブに動けるのか?

 

社会もズタズタになって、

終わったとしても、元のようにはならないかもしれない。

 

新しい価値観で、

このコロナ下の生活をもとに、生きていくべきか?

 

人や社会からの価値評価は関係なく、

自分だけの生活視点から、

自分にとっての好ましい生活をする・・そんな人になっていくのかもしれない。

 

死ぬときは一人だもの。

人からの評価より、自分との関係が好ましいほうが

ずっと、最後まで、楽しく過ごせるのかもしれない。