コロナからの新しい生活!

子供たちの進学、転勤、新生活スタートのはずが、緊急事態宣言でひきこもり新生活スタート

廃棄するもの、残すもの

何を捨てるか、残すのか?の判断は、ぶれる。

「もったいない」意識が高いので、

捨てずに、どうにか役立てないか?

将来使うことは出来ないか?

誰かに喜んでもらえないか?

捨てるべきものを前に、

そんなことが頭をよぎって、ついつい「使っていないけど、残すもの」と分別してしまう。

 

明らかに、賞味期限が切れている食べ物も、

「まだ、使おうと思ったら、使えるのでは?」

と考えてしまいがちだけれども、

「賞味期限が切れるまで、使い終わらなかった」ものは、

そういうことだ。

お店で、新しい味を求め、手にしてしまったけれど、

そんなにたくさん必要なかったということだ。

お土産で、買ってしまった、そこでしか入らない、特別な調味料は、

持って帰って使わないのなら、

今度は、旅先で出会っても、買う必要のないもの。

 

旅先で、美味しかった食料が、

家に持ち帰って、美味しいと思ったことはあまりない。

旅の余韻が残っているうちに食べきることが出来る、数日で食べ終わる量がちょうどいいようだ。

 

人にあげるもの、人からもらうものは、

その気持ちだけがうれしいので、

消えてなくなるものがいい。

ただで、良いものもらうと嬉しいけれど、

もらったその場の気持ちで、

その物の役割は終わっている。

無理して使おうと思わなくていい。

 

人の思いの、こもったものは、捨てにくい。

それが、真にこちらの健康や繁栄を祈ってくれているものだったりすると、特に。

 

私の両親が、孫の初節句に、大きなガラスケーズに入った

破魔弓を買ってくれた。

狭いアパートに住んでいる私達の住居に突然送ってきたのだ。

 

出産当初、お互いの両親にとっての初孫で、

どちらの家が、何を買うのか?

昔のしきたりでは、妻の親が買うらしいけれど、

そんなしきたりのない、夫の両親は、

イベントごとに、母方から高価な贈り物が届くので、

恐縮してばかり。

節句の「かぶと」と「こいのぼり」は、

「うちが買います、うちの初孫ですから・・」みたいな通告を受け、

何も買えない・・

悶々としながら、思いついたのが、「破魔弓」だったらしい。

 

社宅暮らしを経験したことのある、夫の両親は、

「コンパクトさ」を重視し、

純金で覆われた飾りのついた、小さめの兜を送ってきた。

天袋に収納しても場所を取らず、

これは、毎年、玄関に飾っている。

一方、こいのぼりは、残念なやつで、

コンパクトさを重視したばかりに、

床の間に飾れ、室内でも、こいのぼりがはためくように、

突っ張り棒に鯉をはためかせた、

お値段の割に、残念過ぎる、ちゃっちいものでした。

飾るのが恥ずかしくて、数年でゴミ箱行きになりました。

 

それに張り合った、私の両親(主に、母)は、

結構な大きさの、見栄えのする破魔弓(10万近くするらしい)を購入。

 

受け取った私に、「小さな子供のいる狭い家で、こんなガラスケーズに入ったもの、どこに飾れるんや~!!返してきて!!」と大激怒されてしまいました。

 

お金10万なら、心からありがたく思えるけど、

捨てるわけにもいかん、飾ることも出来ん、狭い収納のスペースを占め、デットスペース化してしまう、「破魔弓」。

 

おじいちゃん、ばあちゃんの孫への愛情、気持ちを考えると、

捨てることも出来ず、

引っ越しのたびに、どこに置こう!と頭を悩ませ、

壊れもので、高価なものなので、

外の物置にも置くことも出来ず、

売ることも出来ず、

一度も、飾ることもなく、

ただ、迷惑な物体として、

転居を繰り返しています。

 

ここまで子供たちが、病気もせず、

元気に育ったのは、破魔弓のおかげと思うと、

捨てることが、今度は怖くなり、

つきまとってきます。

 

子供たちが成人しても、

孫の成長を祈って・・と捨てきれないのですが、

お嫁さんの大激怒を思うと、

渡すことも出来ず、

孫の健やかな成長を祈って、

私が持ち歩くことになるのかしら?

 

きっと、女の子だったら、お雛様・・ですね。

こういうのは・・。

 

生活スタイルが違ってきたから、

孫の健やかな成長をいのってくれるのなら、

「教育資金贈与」のほうが、嬉しい。

 

こいのぼりやひな人形のイベントは、

100均の飾りや

子供たちの幼稚園の制作物で、充分。

手の込んだ、ご飯を作る、小さな食卓で、充分だ。

 

生活スタイルが激変することで、

昔大事にしていたものが、

不用品になる。

 

親が亡くなった時に、

実家の断捨離をしたら、

私は何を残し、何を捨てるだろうか?

 

親の存在は、

心のよりどころになっていて、

実家の家が亡くなることは寂しいし、

その家の中にぎっしり詰まっている、幼いころの思い出は、

捨てることが出来ない。

しかし、

親が私たちの介助が必要な状態になった時、

多くの物は、介助の妨げにしかならず、

すっきり、暮らしてくれていたほうが、

火事や転倒けがの心配をしなくて済む。

遠方に住んでいて、

他人の介助サービスなどで支えてもらう時は、

家のどこになにがあるのか、すっきりした家でないと、

本当に困る。

 

年を取り、いろいろなことが分からなくなり、出来なくなっなったら、

物を捨てる不安に打ち勝つことは難しい。

 

最後まで、自宅で、あるていど自由に過ごさせてあげたいなら、

在宅サービスの組み合わせと、

遠くからのサービス管理を家族がしてあげなくてはならない。

 

金銭面の流れを管理し、

亡くなった後の、住居のことまで考えておく。

 

どの家を残し、どの家を廃棄するのか。

売買するには、古い家は解体するのか?

解体した後の土地は、売れるのか?駐車場として収支は出るのか?

 

解体するのであれば、無理に家具を粗大ごみに出さなくても、

大丈夫。

荷物も、好きなだけため込んでも、

親の好きなように、暮らしていたら、

最後は、業者に廃棄してもらえる。

 

貴重品と、売れるようなもの、

思い出深いもの(8ミリビデオ)、

自分が同じように年を取った時に、母や父を感じられるようなもの

 

ほとんどの思い出の物は、写真にとれば良しとしよう。

 

そう考えると、だいぶ気分が軽くなった。

 

主人の実家に関しても同じ。

衣類、本、紙類は廃棄。

食器や花器は、イベント遣いの良いものだけ、キープ。

良いものを見極める力のない私は、必要な物はほとんどなく、

親類集めて、欲しいもの持っていかせればいい。

 

家は引き継ぐのなら、

私達が老後過ごすのに、

役に立つものはそのまま置いておいていいけど、

新しい、自分たちの住居としたいので、

古いものはほとんどいらない。

一人暮らしになっても、

そこで住みやすいように、

見た目より、動線重視のものの配置がしたい。

 

そういう風に、考え方が、整理されてくると、

荷物の取捨選択が出来るようになる。

 

今回の引っ越しは最後の社宅暮らし。

 

終身の住居に持ち込むものは、良いものを買ってもいい。

 

子供たちは、独立できるように、

一人暮らしで使えるものを購入。

狭い、ワンルームで暮らせるような家具を。

 

さぁ、考えが整理できたので、

断捨離を始めよう。