50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活スタートのはずが、コロナで引きこもり生活が1年以上続く。そんな中での毎日を綴ります。

オリンピック開会式

ブルーインパルスが飛んだ。

空を見上げた。

青空でなく、雲がある中、

イメージしていた5輪のマークは、環境を配慮したマーカーのせいで、

キレイな輪にならず、すぐに消えた。

生中継しようと張り切っていた、TBSは、ブルーインパルスの飛行の邪魔になるような、ヘリを飛ばし、空中からも待機していた。

高度を下げて、邪魔をしないように・・と言われていた。

張り切った女子アナが、絵になるスポット(すぐ近くに作られた、茶室と呼ばれるあばら小屋でないかい?)で待機する中、

ブルーインパルスが5輪を作る場所を間違えてテレビカメラをセット、

既に気がついた時には、輪は消えかけていた。

 

同じ素材を使いまわしているワイドショーが、

本番中に、司会者がそのディレクターを長めにいじり、さらす。

その様子が、「パワハラだ」といって、ツイッターにトレンド入り。

失敗した現場を、涼しい場所から叱る上司は、冗談を交えても、

許されないものとなった。

 

開会式を全部見て、感じたこと、沢山ある。

 

最終ランナーがなんであんたなんや?とか、

イマジン、難民選手団のごりおし・・など、

アメリカのBLMとかをバックアップしてしまう、スポンサー企業に乗っ取られた感とか。

 

ほんとは、MIKIKOさんとか椎名りんごのカッコいい開会式が見たかったとか

 

文化祭レベルの手作り感、予算のなさ、

準備不足・・

中国の共産党100周年の式を見た後に、

なんとまぁ、国家の威信のイの字もかんじられないような、素朴さ。

出ているのが可哀そうになるくらいの、

華のなさ。

 

そんなことを感じながらも、

見終わった後に、

「これが、今の、私達の姿だ」と思える式だった。

 

往年の英雄、王貞治、長嶋さんの老いた姿。

脳梗塞で、立つのがやっとの痛々しい姿の長嶋さんを

聖火リレーに登場させる。

松井さんという大リーガーのスターが、介助する。

一歩、一歩、歩けるのか? 持つのか?

早くいかないと、皆に迷惑が・・と思いながらも、

最後まで頑張った。

 

これが今の日本の姿。

 

お金を産む、巨大なマネーが、オリンピックというイベントで集結し、

個々の国に、巨大スポンサーという立場から、単一の基準で、文化的側面の変更を強要する。

今でいう、ポリコレ。

 

個々の事情、個々の歴史的背景、そんなものをぶっ壊し、

ただ、悦に入る。「多様性」というワードで、国の多様な姿をぶっ壊す。その国の人々を分断させる。

そんな傲慢さを持つ、アメリカの巨大スポンサー、グローバリストたち。

 

「イマジン」・・国境をなくせ、人々は平等だ

難民選手団」おし

天皇」という権威を利用し、天皇がバッハさんを同列に扱うことで悦に入る。

アメリカが驚いていることに、おどろいた。

まさに、天皇の権威利用。

 

唐突な、国連やグラミン銀行の挿入

 

極めつけは、大坂ナオミさんの最終ランナー。

日本語が満足にしゃべれず、日本に住んでもなく、日本に税金も納めていない彼女を、

日本の顔として、誰もが納得していなくても、

そして、

単に、欧米の巨大スポンサーに利用されるコマとしてしか、日本人の私達が認識していない彼女を、最終ランナーにもってくる。

日本選手として、テニスに出ることすら、

ほんと?強いのに、アメリカ代表でなくて、アメリカ許すの?って感じてしまう彼女が、聖火の最終ランナーだ。ばかげている。

でも、オリンピックが私たち日本人のために開かれるのではなく、

日本の税金を使って、グローバリストが美味しい蜜を吸うための搾取構造にあることを

しっかり表していて、それはそれで、正しく「今の日本」を表している象徴であった。

 

いたるところに、

オリンピック、金の集まるところにワラワラと集まってくるのだろうな・・

そこには、圧力がかかり、現場は息もつけない状態になる。

金持ちたちは、歴史の1ページに残ることを意識して、

ここぞとばかりいろいろな方面から圧力がかかっただろう。

その集大成の縮図。

 

コロナ下で、1年延長

そんな苦しい立場で、それでも尚、開催する意味

巨大な税金を使う意味。

下からは、それが絶えず問われ、

予算が膨らみ、カットするたびに、

そぎ落とされた人々たちからの怨嗟が足を引っ張る。

最後の最後は、「黒人差別だったっけ?」

 

そぎ落とされた人は山ほどいて、

残った人たちのほうが少ないくらい。

その中で、

「差別だ」といえば、自分だけは圧力をかけられると思っているマイノリティの鬱陶しさ。それに踊る、民放のグダグダさ。

 

オリンピックを経済難民の機会ととらえ、勘違いする発展途上国の人たち。

今回は、しっかり捕まえてくれてよかった。

コロナ下でよかった。

 

開会式を取り巻いた出来事、それによって、今後変わってくることは沢山ある。

喫緊では、

小山田さん、小林さんの辞任&解任ドミノ(のぶみは語るべくもなく)の件がもたらしたもの。

 

わざと発表をおくらしたが、炎上⇒解任した。

不自由展という試石があったため、

リエーター・アーティストという肩書で、

自由に、お友達で仕事をまわしていたような

「一般的にはアウトだけれども、やつは特別」というスタンスがダメだとなった。

 

数十年前の出来事を、悪意を持ってまとめたら、

現在の価値観では許されないことだった、という理由で。

 

政治家をつぶすためなら、

一言の失敗を一生あげ足取りして、

背景を切り離し、

文脈をゆがめ、

加工し、

インパクトを強調し、

繰り返し糾弾する。

狙われたら、否定も、出来ない。

これまで、政治家に繰り返しあってきた手法を

ブーメランされただけだった。

 

これまでも、キャンセルカルチャーで、有無を言わせず、

有名人を排除する姿を見せ、世の中を動かそうとするのは、

近年世界中で吹き荒れているし、

文化革命と同じことが、欧米で噴出して、

保守から革新が権力を奪ってきた。

 

その共産主義的な考え方に、ユダヤイスラエル)や欧米左派のバイデン、マクロン

そこに中国や、日本の在日社会がのっかり、

なにかあると、つながりあって、

メディアにリークしたり、圧力かけたりしてきたのに、

今回は、

左側の人たちが、頑張って成功させようと努力してきたことをひっくり返す形で、

開催式直前に

物語がばらまかれた。

 

いつも、いつも、そういった方面からの圧力によって、

森さんが排除され、

日本の支えるスポンサーが展示できず、

圧力がかけられてきた。

 

トヨタがCMをやめ、

テレビ局にブーメランがささった。

 

今の文脈の「正しさ」が求められ続けた人たちは、仲間が次々とつぶされ、倒れていく中で、学び、その「正しさ」を使って、攻撃するようになった。

 

自分の身を削ることには、音をあげなかった日本だが、

最後の最後に、

「無観客」

「VIPの招待なし」

そして

天皇のお言葉」

「いじめ」「サイモン・ヴィンゼンタール」

ときて、

開会式の中止、簡略化を口にした。

 

ここで慌てたのは、アメリカのスポンサーたちやグローバリストの皆さん。

左の人たちが、日本を虐めすぎたことに気がついた。

自分たちがやってきたことと同じ方法で、

自分たちの金鶴が、消えようとしている。

自分たちに不利益が及ぼうとした。

 

痛み分けになった。

 

これからは、

税金のかかるイベントでは、

担当者は、生まれたときからの発言、表現が、現在のポリコレ基準にかなっているかを徹底的に調べられるだろう。

息苦しく、

自由な、文化の力は息の根が止められる。

その怖さが表面化しただけ、

私達には意味のあるものになった。

 

エッセンシャルワーカー

普通の人、

 

ピクトグラム

ドローンは、

文句なしによい演出だった。

 

また、台湾の呼称問題。

チャイニーズタイペイと言いながらも、

台湾といって、

あいうえお順だから、「た」の順番ね!と、

台湾の人たちにとって、喜ばれる形をキープしつつ、

中国の怒りも買わず、

すごい折り合いをつけた。

 

唐突な「ミュンヘンオリンピック事件に対する黙とう」に意味があるとすれば、

その事件をしらしめたこと。

コロナ黙とうにかぶせて、しゃべっただけだが、

きちんと世界中の通訳者は翻訳したのだろうか?

 

たった数時間、真夜中に、

Tomoさんから、中山副防衛大臣、サイモンヴィーゼンタールのながれは、

唐突で、素早すぎて、私達の知らないなにかもあるのかもしれない。

 

ゲーム音楽は、嬉しかったし、

木の五輪マークも

橋本聖子さんの、真摯な話も、

良かった。

 

国旗掲揚も、威圧感のない軍や警官たちの姿が良かったし、

宣誓も、

本当の意味での体育大会に近い、シンプルで、良い意味で日本らしい、

開会式だった。

 

ごり押しされた感のある、唐突なパフォーマンス

タップダンスや、ジャズピアノ、歌舞伎や、

石原さとみの挿入、

そぎたくても、各界の圧力が高くて、生き残ったものたちも、

編集され、素材として、

絵になるのでよいのでは?

 

流れで見ると、唐突感や

アウェイ的な、空気の中で、

頑張らなけえばならない人たちも、それも、日本の姿だし、

グダグダな姿も今の日本らしい。

 

全体的に、すごくバランスよく、計算された

良い開会式だったと思う。

 

民放の切り取り報道、煽り報道に負けず、

たんたんと、

心を静めながらも、

静かに、応援する・・そんな難しいことをやらなければならない。

 

私達も、静かに応援しよう。

民放は消そう。

 

NHKもやっているように、コロナの感染対策第一に、

静かに、盛り上がらず、ツイッターで感想を述べあおう。

 

結果として、

テレビで、一番オリンピックを見るのは、日本のベットから離れられない高齢者。

高齢者も、

長嶋さんの頑張る姿見れただけで、

生き続ける勇気がもらえたと思う。

 

シンプルで、簡素な開会式・・そのあとに、

アストラゼネカのワクチンが日本から提供された、カンボジヤやイラン。

海外へのオリンピック効果はこれでよい。

 

反オリンピックで外で騒いでいるやつらも、

ドローンや花火に、綺麗・・とスマホをかざした。

 

お祭り騒ぎしている、やつらが、一番コロナを広め、自分たちがかかっていく。

自業自得。

それも含めて、コロナ下のオリンピック。

 

そんなこと含めて、今の日本の姿。

 

その中で、生きている今を感じられる開会式。

妥協の産物だけれども、合格点だと思う。

 

現場の皆さん、お疲れさまでした。

解任、解雇の生贄になった人たち(のぶえを除く)も、

お疲れさまでした。

 

あとは、無事に、最後まで安全なオリンピック運営が行われますように。