50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活は、自分の老後も視野に入れながら、始めます。

モンペ化する夫を止められず、ごめんなさい

ある程度大きな組織の中で、意思決定の上のほうにいた人は、

退社して、一個人で世間と向き合ったときに、

人々が、自分の意見を軽く扱ったり、

自分が正しいのに、周りが思うように動いてくれないことに、

フラストレーションをためやすい。

 

自分が対等と思っていない世間の人たちが、

自分を特別に扱わなかったり、

察したり、持ち上げたりしてくれず、

自分が正しいと思っていることが、世間ではそう思われていないことに、

腹を立てたり、

バカにしたり、

愚弄したりする。

 

そんな態度に嫌気がさして、

周囲が距離を取るようになるので、

孤立する。

 

自分が「愚か」とレッテルをはる世間に人々が、

和気あいあいと、お互い譲合って、見て見ぬ振りしながら、

それでも、一緒に、なにかやっている場所に、

いつも正しさを持ち混むので、

人々は、

出来ないのに、正されようとすることが息苦しくなり、

彼から逃げる。

 

たった一人になったあとも、

「あいつはバカだ」「自分は正しい」とつぶやくばかりで、

自分の正しさのバックボーンになっているのは、

「大きな会社で、多くの人が自分の指示に従順に従ってくれていた」時の自信なので、

他人から見ると、

「過去のこと」であったり、

「今、何の力もないじゃん」であったりするから、

そこに阿っても、何の得にもならない、たんなる障害物でしかない。

 

コロナ下で現実に対処するのは、

一人一人の感じ方であったり、

世の中の空気であったり、

日本では、割とうまくいっていると思うが、

これまでのように、

マスコミが反権力たたきに利用したり、

煽ったりすることが、

結果として、

世の中に、「政府の指示に従わなくていい」という空気を作り出し、

人々は、従わず、感染は拡大して、

マスコミ自身も、煽った人たち自身も、

被害を被る。

 

でも、現場のアクターは、それぞれ、自分の専門領域において、

きっちり、出来ることを、最善を行おうとしているために、

日本のすごさも見ることが出来る。

 

この1年半、現場の人々は、そこに立ち止まり続けた。

感染リスクが高いと煽られても、

不安がられても、

差別されても、

それぞれの立場で、逃げ出さず、毎日を淡々と過ごした。

 

訪問介護の現場でも、

「自分が万が一感染していて、高齢者にうつしたら、死んでしまう」

目の前でお世話している人から、「あんたのせいで殺された」と恨まれるかもしれない

というリスクは、ずっとつきまとった。

 

仕事を減らしたり、

自分自身が感染対策したり、出かけず、ひきこもったり、

出来る限りのことをしながらも、

それでもなお、コロナがある限り、

家族の誰かが家に持ち込むかもしれないし、

リスクを減らすことは出来ても、ゼロにすることは出来なかった。

 

リスクがゼロでないからといって、

仕事を投げだしたら、

誰も風呂に入れず、食事が出来ず、便にまみれて、死んでしまう人がいる。

 

リスクゼロでないけれど、精一杯感染対策はします。

お互い気をつけましょう。

それでも、感染がおこった時は、

しょうがない・・それでも、今、介護を受けられないよりは、いいと、

私も思うから・・という暗黙の了解で、お互いが許しあって、世の中が動いている。

 

そこに、

完全無欠の、リスクゼロを求め、ルール違反を糾弾する

正義のスーパーマンが登場する。

 

「そんなことだから、感染が広まるんだ」

「症状が出てなくても、ウィルスは排出されるんだ」

「こんな緊急事態に、なぜ、全員PCR検査をしないのか?」

「休み返上で、なぜ、緊急体制をひかない!」

「なぜ君は仕事に行くんだ。万が一を考えないのか」

「君みたいな考えで働いている人がいる君の会社とは関わりたくない」

 

次男のクラスに陽性者がでたという報告を受け、

学校は、すぐに休みに入り、

各自の行動確認は行われた。

保健所への報告も済み、

あとは保健所からの指示待ち。

 

ちょうどお盆休みに入って、

長く休みも続くので、

これ以上広がることもないだろうから、

うちも、のんびり、すこしだけ、いつもより慎重に行動させながら、

様子を細かくチェックして、過ごさせようと思ってました。

ワクチン受けたのは、数日前だから、感染リスクはみなと同様にあるし、

マスクは常時して、話すこともなかったけれど、

熱波のため、クーラーかけた教室の換気が十分だったとは言えないので、

うちの子供も、リスクゼロにはならないなぁ・・

万が一もあるから、お出かけはやめようと考えてました。

 

何の気なしに、

お盆におでかけしようと張り切っていたら悪いからと、

夫にも、ラインで、感染者がクラスに出たことを伝えたら、

夫が、早退して帰ってきました。

 

そして、PCRで陰性が出るまで、動けない、隔離しろ!と

次男を部屋に閉じ込め、

熱もなく、元気いっぱいの次男は、食事を差し入れる時しか、顔も見れません。

 

学校も、既にお盆休みで、事務所もしまっているのに、

連絡しろ!!とうるさくて、

さりげなく、子供から

「お父さんが早退して帰ってきました。

保健所から濃厚接触者としてPCRしないといけないとか連絡入ったら、早急に連絡してください」と、メッセージをいれ、了解の返信貰いました。

 

私としては、既にボールは保健所に投げられていて、

学校は出来ることすべてやった後なので、

忙しい保健所が、必要と思わない限り、症状もない子供たちに、PCRを受けさせないだろうし、

このまま、休み明けまで、状況見ながら、放置だろうと思ってました。

 

それが、正義マンの主人は違うのです。

時間ごとに、「学校は何をやっている!」

「返事はまだないのか」

とうるさい。

 

こちらから電話する!と夕方になっても騒ぎだし、

学校の事務局の留守電に、早急に折り返し電話するよう、メッセージを残していた。

 

学校の事務局、夏休み明けに留守電きくと思いますが‥

と忠告はしたのですが、

今度は学校に対し、怒ります。

 

モンペ以外のなにものでないのですが、

私には止める力がありません。

私はこんな風に思っていません。常識的な感覚をもっていますが、

意見すると、

リスクゼロでないことに、万が一を考えると、

彼の思いこみを正すほど、言い切れないので、負けてしまいます。

 

万が一があった時に、糾弾され、焼き尽くされてしまう

それが嫌なので、

勝手にすれば、私は同じように思っていないけど、

と、ほっておくしかありません。

 

モンペこじらして、学校からもモンペ扱いで、

関係悪くなったら、

子供が将来推薦してもらえなくて、困るのになぁ‥と思ってます。

 

介護とか、教育とか、人を扱う現場で、

「絶対」を追及され、万が一の責任ばかり追わされることで、

本来あったはずの、目的が果たせず、

全体が不利益を薄く被ること、とても多いと思います。

 

人への信頼でなりたっていたものに、

外からの「法律」とかで、がんじがらめにされて、

本来その仕事がもっていた役割が果たせなくなるという‥。

形だけの空洞化していくかんじ。

 

彼の論理に従うと、社会の仕組みはそうなってしまう。

そうなって、一番困るのは、自分たちなのにね・・。

 

退職して、

自分が強者でなくなって、

身体が衰えて、

そんな中で、学んでいける人であればいいけれど、

まだまだ体力も、知力もあると自負する中で、

年齢だけが、会社の中心から排除される年に達しただけなんで、

まだまだ戦い続けそうです。

 

理不尽さや不満を私に向けそうですが、

その時は、私は全力で逃げようと思います。