50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活は、自分の老後も視野に入れながら、始めます。

お葬式を通して感じたこと

婚家の葬式・・まぁ、義理の父親の葬式なのですが、

「コロナ」という理由があるために、

嫁にかかる重圧もいつもより数倍軽く、

来れない親族も沢山いて、

義両親を支え、お世話になった方々、近所の人たちにお会いすることもなく、

家族葬という形で、

家で執り行われました。

 

主人は学生時代からお付き合いしていた奥さんと

すごく若いころに結婚し、その後離婚しました。

 

最初は、豪華な式をあげたようですが、

私は2度目だったので、

うちうちで、親族だけを料亭によんで、

顔合わせという名のお食事会をしました。

あれから20年以上たってますが、

その時以来お会いする親族。

 

主人の弟さんや実家によく顔を出していた叔父さんとも、

これまで2~3度しか会ったことがありません。

 

限られた親族とはいえ、

子である弟とその妻、

義父の兄弟は集まってくるわけで、

その集まりの中では、喪主である高齢の義母とうちの主人が中心になって、

この式が行われるわけです。

 

久しぶりにお客さん気分で集まってくる親族にとって、

意気消沈している義母や夫を支え、仕切る重要な役目を私に期待するわけで、

不手際でうまくいかないことがある度に、

しらんふりは出来ない状態に置かれるわけです。

 

私と夫の関係が一心同体、信頼関係に結ばれたパートナーであれば

良いのですが、

お互い、言葉を発すると、ケンカになってしまうので、

距離を取り、見て見ぬふりをしながら、

役割をこなしているような関係で、

責任をシェアするのではなく、

役割分担をはっきりさせ、

手伝いの必要な時は、指示するという形で成り立っている、

地域の役員スタイル形式なので、

心情的に寄り添ったり、共感したりが難しいのです。

 

主人は仕事の出来る人で、

長男意識も高く、

両親を愛しまくっているので、

精一杯やったと思います。

 

それぞれが、故人に思い入れがあるので、良い式になりました。

 

私は、はじめてのことで、

しっかり式を回さなければ・・と、

しんみりするどころではなく、一生懸命働きました。

お経を読み上げているときが、唯一、ほっと休める時間で、

次はなに?車はどうする?時間は?と、

バタバタしながら、あっという間に終わりました。

 

最初は、高齢者の集まりに、コロナが広がらないよう、

ピリピリしていた感染対策も、

もう、そんなこといってられないと、おざなりになり、

家に帰って、

「のどが痛くなり、疲れが出てしまった」と休みながら、

これがコロナだったとしたら・・やばいよなぁ

でも、しょうがないよ、避けようがないもの・・と思いました。

 

夫の「お言葉・喪主代行挨拶」で、

感極まりながら、嗚咽し、義両親への愛を語る様に、

感動しながらも、このマスターベーションにつきあわされて、

こんな奇妙な式になってしまったんだと思うと、

ちょっと理不尽さも感じました。

 

すごい額を払ったにもかかわらず、

狭い実家にわざわざ人を集め、

待機室や居場所のない空間に、

感染対策と称して、

窓を全開、汗だくだくの中、おもてなしのお茶も紙コップで畳の上に置く。

 

孫たちは、キッチンに隔離され、

式の時だけは、廊下の椅子に座る。

 

お坊さんも、司会者も、居場所なく、

沢山派遣された葬儀会館のスタッフは、誰も訪れない玄関に

蚊に刺されながら、立っているだけ。

 

車の駐車場所がないので、

ちょっと離れた葬儀会館に駐車した自家用車から、

私が運転する主人の車でシャトル輸送。

 

あんまり運転したことのない主人の車のキーを当日渡されても、

エンジンのかけ方から分からず、

ナビの設定は出来ないまま。

近くに行っては、通り過ぎ、

大回りしながら、場所が分からなくなり・・の輸送でした。

 

出棺からそのままバスで皆さん向かうのかと思っていたら、

まさかの自家用車でそれぞれ火葬場に向かうことに‥。

運転手をのせて、葬儀会館に向かう間、

立っているのがやっとの、足の悪いおばあさんは、

炎天下の中、壁にもたれて、数十分待機。

 

ビデオ係も写真係もなく、

来れなかった親族に見せることのできる媒体はなにもない、

式になりました。

 

高齢で、コロナがあっても、尚、そして、急な死にもかかわらず、

親族が通夜と葬式2日間にわたって、

しかも

葬式⇒火葬場⇒初七日と一日中つきあってくれる人が

こんなにたくさんいるなんて、

うらやましいなとも思いました。

 

私の時は、だれも呼ぶ人いない・・。

まぁ、今の家族と実家か・・。

兄弟姉妹が少ないと、人数が少なくなるだけか・・。

 

それにしても、

葬儀を主宰するのがこんなに大変だなんて。

自分の親の時は私たちが主体となってやるのか・・。

なんか、うわぁ・・大変そう。

 

私達が将来死んだら、

息子たちがしなきゃならないの?

主人のスピーチにいたく感動した様子の子供たちは、

開口一番、「僕、お父さんが死んだとき、あんな長いスピーチできない」という心配でした。

 

義母さんのスピーチは、

親族への弁明のようで、

皆さんの愛する者を死なせてしまったことへのお詫び、

詳しい経緯説明、状況説明

私よりも記憶力が良く、頭のはっきりしている義母だからこそ、

こんなに意気消沈し、倒れそうな状況でも、

声を絞り出し、

大勢の前で、しっかりしゃべれるのだと感嘆しました。

 

今回の死は、避けれるものでもなく、

経過も誰のせいでもなく、

しょうがない死でしたが、

今後、

義母が亡くなった時、

この死が避けられなかったものと弁明できなければ、

義母を愛する人たちの非難の目を浴びることになるのだな・・と

恐ろしく感じました。

 

介護の主体となったり、家族として、

一番身近に接していた人が、

その人に任せっきりで、安心しながら毎日を過ごしていた人たちに非難される

・・理不尽な関係です。

 

一番気にかけ、一番愛している者が、

充分に側にいて、関わっていたならば、

老いの「死」は当然で、不慮の事故も受け入れられるのですが、

愛しながらも、充分にかかわってこなかった者たちが、

自分の罪悪感や後悔を

他人の落ち度に投射して、非難することで自らの不作為・手落ちを逃れようとする。

そんなスケープゴートにはなりたくないな・・と思いました。