50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活スタートのはずが、コロナで引きこもり生活が1年以上続く。そんな中での毎日を綴ります。

住む場所によって、介護サービスの質が違う

今、訪問介護をしているが、

自分のこれまで住んでいた場所で、当たり前に提供してきたサービスは、

ある程度の都会で、

介護サービスの供給主体がきちんとあって、

その質もある程度高い場所だったから、

今回、義母の独居を支えるにあたって、

声をあげれば、きちんとケアが提供されると思っていた。

 

地域包括センターのケアマネに、

きちんと相談に行き、現状を話し、

あとは、ケアマネから選択肢を義母に提示してもらって、

その中から、義母が選べばいいと思っていた。

 

しかし、私がケアマネと話した後も、

義母宅には、コロナを理由に、訪問はないし、

電話にて、「問題ない」と言われれば、

確認することもなく、

ケアの提供は止まったままで、

独居へのケアのオファーは全くないまま。

 

私が出すぎると、家族がいるということで、

助けはこないだろうと思っていたが、

そういった理由でなくても、

全く動いてくれない。

 

確かに、歩けないわけでもなく、

痴呆があるわけでもない。

ただ、85の独居生活スタートだ。

見守りや緊急通報は欲しい。

 

田舎は、介護資源がそもそもないのだ。

病院も選択肢がない。

リハビリなら訪問できるけど、

ヘルパーがいない。

そもそも事業所は1つしかない。

そんなことだ。

 

ここに住み続けることを、

義母は強く主張し、

私達も、居を移すことになってしまいそうだけど、

このケア資源のない地域で、

私達のような世話をする子供たちもいない、

貯金もない状況で、

私達も、ここで、年老いていかなくてはならないなんて、

なんてことかしら。

 

私達のどちらかが、認知症や麻痺のパートナーを

この地で、老々介護しなければならない可能性もあるのに、

今、終の棲家をきめるのに、

お義母さんのわがままによって、

私達の老後の困難が始まるなんて、

ため息だ。

 

自分のわがままは、どんな負の影響を子供たちにもたらしているかは

全く見えず、

自分の住みたいところで、最後までこだわって、今の暮らしを続けながら、

その枷を私達にはめながら、

家族が介護してくれるのが当たり前という意識をまだ持ち続けている。

 

それがどんなに、負担をかけているのか‥

まったく見えていない。