50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活スタートのはずが、コロナで引きこもり生活が1年以上続く。そんな中での毎日を綴ります。

子育てを頑張った土地を離れて

数年前に、10数年来、一人で子育てを頑張ってきた土地を離れた。

 

子供が産まれてから、

夫は仕事で忙しく、私はたった一人で子育てに向き合ってきた。

 

実家も遠く、転勤先の初めて土地で、

2人の幼子を抱えて、途方に暮れた。

 

初めてその地に着いた日は、引越業者からの荷物の受け取ることから始まった。

 

うちの家は、夫のストレス発散の買い物癖で、たまりにたまった荷物が、

転勤先の住居に入りきらず、

引越屋は、外の自転車の置いてある軒下に、段ボールを山積みにして

帰っていってしまった。

 

その後、数日間は、段ボールの背丈ほどの壁の隙間に出来た、人がやっと一人横たわることが出来る場所をどうにか作り出し、寝袋を引っぱり出して、その隙間に横になって寝る日々が続いた。地震が来たら、荷物ぬ埋まってしまうなぁ・・と思いながら、寝た。

 

夫は、転勤時になると、

「送別会だ、引継ぎだ!」といって、いなくなる。

慌ただしい時が終わり、

手伝いも必要なくなった頃に、帰ってきて、

リビングにふんぞり返る。

当たり前のように、食事が出てこないと機嫌が悪くなる。

 

その時は、小さな子供たちを、実家の両親が預かってくれ、

ある程度落ち着いてから、やってきては、

手伝ってくれた。

ありがたかった。

 

そんな、荷物を前に、途方に暮れていた中、

「なんで、着いたのに、電話一本よこさないんだ!」とぶち切れ電話をよこした夫には、心底きれてしまって、マジで、マジで、「全てを投げ出して、この場所から逃げよう!彼と一緒の人生を捨ててしまおう!」と思って泣いた。

心の底から、

「この人とこれ以上一緒にいるのは嫌だ」と思ったのは、

あの時だったかもしれない。

 

あの時、どうにか、自分の理性を最大限働かせて、

どうにか踏みとどまったから、その後の人生がある。

 

それまで、甘々だったり、まだ夢を見ていたりしていた

彼との「家庭」に対して、

夢や甘えを捨てて、「彼には何も期待しない、私一人でやっていく」と

心に決めたのは、あの時だった。

 

その直後には、お向かいのクレーマーに理不尽に怒鳴り散らされ、

会社や学校にまで「前の道に業者の車を止めるな」と因縁をつけられた。

 

業者が車を置いたのは、数メートル先の玄関まで、

交換工事のために、便器を車から降ろして、置きに行った数十秒間。

 

そのクレームのために、

菓子箱を抱え、

雨の中を傘もささずに、頭を下げさせ続けられ、

そして、念書まで書かされた。

 

そんな、今振り返っても、理不尽な地獄のようなスタートから、10年超。

 

その場所を離れるときは、そこが大好きで、ずっと住みたいと思えるようになって、

離れるのが寂しくて、

友人知人に後ろ髪をひかれながら、

後にした。

 

引越当日、夫とのけんかで、家を飛び出して、実家に帰ってしまっていたら、

こんな生活はなかっただろう。

 

結婚時するまでの、仕事もそうだった。

 

なんやかや、あっても、

自分の長年の頑張りで、

手にしているものが大好きになって、

ずっとそこにいたくて、

手放したくなくて、

それでも、

主人との結婚、転勤、親の介護といった理由で

自分の力では、その場所に居続けることが出来なくなって、

全てを手放し、また一からやり直し、その繰り返し。

 

今、人生の後半戦に差し掛かって、

今の自分を見てみると、

自分の失ったもののほうが、

これから先得るものより大きくて、

今、何もない自分に、思考が一旦停止してしまう。

 

なにかを選ばされる度、

自分の大切なもの、愛したものを失っていく。

理不尽に奪われる。

そんな感覚がいつもある。

 

それかといって、

自分の大切なものはしっかり捕まえて、手放さなければいいじゃない?

手放すのは、それくらいしか価値がないからでしょ?

なにかを維持するために手放したのだから、ぐちぐち言うな!

そんな声が、いつも夫から聞こえる。

 

確かに、

夫を手放して、自分が好きなように生きればいいじゃない?

それをしない時点で、君にぐちぐち言う資格はないよねという意見は、

筋は通っていると思う。

 

私が今の生活の基盤、夫との生活を手放せば、

転勤族に振り回されて、

転居しなくてもよかったはずだ。

 

しかし、

かって住んでいた、高級住宅地に、私の稼ぎで住み続けることは出来なかったし、

夫の稼ぎがないと、そもそも私と子供の生活が成り立たなかった。

 

私の子育て風景に夫の姿はない。

いつも一人で、立ち向かっていたし、

一人だけで、多忙な毎日を回していた。

 

しかし、そういった生活が出来たのは、

子供の姿を見ることが出来ないくらいに、朝早くから夜遅くまで、

休日も出勤して働き続けていた夫の給料があったから可能だったわけで、

 

私が生活するためのお金を稼がなければならないのなら、

子供を育てられたとは思えない。

 

夫自身が、お金で代替できる存在だから、

お金が沢山あれば、いなくてもいいような気もするけれど、

やっぱり、子供にとっても、「父親がいる」ことは、

何をしてくれるわけでなくても、

私からの逃げ場になるし、

必要だったと思う。

 

夫と別れていたら、

子供がいたとしても、私は朝から晩まで保育所に預け、

一緒にいられる時間なんて少なかっただろうし、

小さな子供との思い出も忙しすぎてあんまりなかっただろうと思う。

 

それを考えると、私の子育て環境は恵まれていたわけで、

お金や借金にストレスを感じることなく、

身分不相応な場所で、教育を受けさせてあげられて、

そういった場所で、ママ友マウンティング生活を楽しんだりしながら、

良い思い出として、その場から離脱できたことは、

結果としては良かったのかもしれない。

 

今いる場所は、華やかでもなく、

田舎で、退屈だけど、

昔の自分を知っている人とマウンティング合戦を繰り広げなければならないような縛りもない。

 

髪に白髪があって、

顔がたるんで、

あの人、老けたね!と後指さされることもなく、

そういったおばさんだと認識されるだけの日々。

 

寂しいけど、辛くはない。

そういった人だと認識されているだけなので、

知り合いが私の老いに軽くショックを受けている姿に傷つくこともなく、

社会の片隅に生息している。

 

昔のイメージを共有している友人とは会いたいけれど、

実際会うと、幻滅させたり、マウンティング取られたり、

傷ついたり、傷つけたり・・。

ネットで時々言葉を交わすくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

どこかに、まだ元気に、存在している。

その音沙汰が、時々届くくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

さぁ、新しい場所で、今のライフステージにあった暮らしをスタ―トしよう。