50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活は、自分の老後も視野に入れながら、始めます。

若年認知症になったら

若年認知症って、65歳前から認知症症状を発症した人。

ゆっくり症状が悪化していく、通常の認知症に比べ、

若いと進行が速い。

進行していくことが分かっている病気は、辛いだろうと思う。

 

症状が出てきて、出来ていたことが出来なくなっていく

そのことに対処していくのも大変なのに、

そのうえ、日々悪化していくことが分かっている

とてつもなく、大変だ。

家族にとってはもちろん、自分自身も・・。

 

どうしたら、心穏やかに、

自分が死ぬまで、症状が悪化していることで、

周囲に非難されたり、迷惑かけて、心が壊れそうになったりするストレスを受けずに、

そこに、いることが許されるのだろうか?

 

ただ、安全に、死ぬまで、そこにいることを許してほしい。

困っていたら、手を差し伸べてほしい。

何もわからなくても、

おなかがすいたら、なにか食べたいし、

排便したら、きれいにしたいし、

かゆくなったり、

痛かったりしないように、

清潔で、安全で、守られて、過ごしたい。

そこにいることを許してほしい。

閉じ込められたり、

暴力振るわれたり、

傷つけられたりすることなく、

自分のペースで、

お日様を感じて、いい空気を吸って、

笑って、過ごしたい。

 

怒られたり、

批判されたり、

不満をぶつけられたり、

することなく、

そこにいることを許してほしい。

 

そんなことだけど、

周囲にとっては大変だろうな。

そんなことだけど、

誰かを犠牲にせずに、

そういったことは許されないのだろうな。

 

自分の混乱が、

自分の勘違いが、

自分の異常さが、

社会にとって迷惑で、

周囲にとって、負担を与え、

機能不全を起こしてしまう。

 

そこに自分がいるだけで、

家族がバラバラになり、

そこに自分が存在するだけで、

偽善を刺激し、罪悪感を感じさせ、

不安を増大させる。

 

自分の存在が、とっても、重大な意味を持つ。

ただ、そこにいることを許してくれるだけでいいのに、

そこのいることが、周囲の均衡を崩してしまう、許されない存在となり、

排除の対象になってしまう。

 

まだ、大丈夫。

 

魂と魂が向かい合い、

「そこにいて大丈夫だよ」と言ってくれる、そんな存在になりたい。

そんな存在と一緒にいたい。

 

人にとって、そんな存在があれば、

それで、そこにいることができる。

 

人の一生は、そこに、その時いることの連続で、

人の死は、そこに、その時いなくなったことだから。

死ぬまでは、そこに安心していることが出来る居場所があれば、幸せだなと思う。