50代からの新しい生活!

子育て、転勤生活ひと段落。夫は定年間近。親の介護目前で、ギクシャク。新天地での新生活は、自分の老後も視野に入れながら、始めます。

聖子ちゃんと沙也加ちゃんのこと

心が痛い。

ショックは大きい。

 

中学の頃に、私達のアイドルだった聖子ちゃん、

年が近くて、少し先を行く、キラキラした女の子。

すごくキラキラしたお姫様のように振舞うけれど、

嘘泣きだったり、あざとかったり、

O脚だったり、よく見るとそんなに可愛くなかったり、

胸がなかったり、貧素な日本人体形だったり、

どこにでもいる、普通の女の子。

そんな女の子が大好きなキラキラしたものを、恥ずかしげもなく、

好きなものは好きだ!と堂々と身にまとい、

それが時々、すごく似合っていて、

お姫様みたいで、夢をみさせてくれた。

年を取って、客観的にみると、その恰好は痛いでしょ!

どこまでいくの?

と、ハラハラしながらも、

ずっとずっとその世界に居続けて、

キラキラした世界のお姫様のままで、

結婚しても、子供を産んでも、年をとっても、

ずっとその世界に生きている。

普通の女の子が、小さな頃に憧れても、

年を重ねる度、

あきらめて、手放していったものを、どんな状況でも、しっかりグリップし続ける。

その強さがまぶしくて、

まだ手放していない彼女を応援するようになる。

そんな姿をずっと見続けてきた。

 

歌が上手くて、

すっと心に入り込む。

知らず知らずに口ずさむ。

自分の中の、昔っからある「女の子」の気持ちがよみがえる。

そんな歌手だ。

 

35年間、ずっと目の前にいて、

ずっと見てきて、

彼女の苦労やがんばりを見てきた。

 

欲張りで、

仕事を手放さず、

小さな頃のキラキラも手放さず、

しっかり握ったまま、

恋愛もして、結婚もして、

子供も産んで、

苦労しながらも、

一切キラキラしたものを手放したり、あきらめたりしなくて

なんとか両立支えて、

それが私達のスタンダードになっていって、

自分の母親がいれば、

子供が沙也加ちゃんみたいに素直に、まともに育つんだ・・と

子育てと仕事の両立させるスタンダードになった。

 

神田さんと別れた頃は、

神田さんの母親のことや、仕事に邁進したい気持ちと

逃げ場としての不倫と、

そして、その結果としての、

離婚や子供のこと、他人ながらも、大変だろうなと心配した。

 

でも、沙也加ちゃんとの母娘関係を見て、

素敵な関係を羨ましく思った。

 

可愛い女の子を育てて、

しかも、しっかりと愛情を注いで、

素直な、無邪気な、それでいて、自分の足で立とうとする、すごく素敵な子供が育って、

いろいろと、両立するのは難しいだろうな‥と

それまで誰もやったことのない道を切り開いてきて、

全てを手に入れて、

それでいて、

強く、しっかりと私達の目の前に立ち続けてくれた聖子ちゃん。

 

沙也加ちゃんが、大人になって、

母娘の一卵性双生児のような関係で、

自分の足で立とうともがいている姿が、

大変だろうなと思いつつも、

ミュージカルというお母さんのいない、力の及ばない新しい場所で、

自分自身で立ち上がった姿を

嬉しく思いながら、

お母さんも、自分の存在が彼女を苦しめてしまうこと

距離を置かないといけないこと、

それでも、

愛していることが伝わって、

独り立ちした姿を喜びながら、

安堵しながら、

誇りに思いながら、

寂しくも思いながら、

自分の人生を過ごしている聖子ちゃんをやはり母親としても尊敬していた。

 

神田正輝さんが70を超えても、やはりすごくかっこよくて、

2人が並ぶと、すごく素敵で、

いい夫婦、いい父母だったのは間違いなく、

 

結婚当初のビデオを見て、

神田正輝さんが思っていたよりかっこよくて、

聖子ちゃんにピッタリなことに改めて気がついた。

 

当時、おじさんで、聖子ちゃんにはもったいないと思っていたし、

ぱっとしない、優男だとおもっていたから、

聖子ちゃんが、不倫したり、離婚したりした時も、

W不倫の噂になった時も、

聖子ちゃんはもがいていたし、

自分らしくありたいと!

もっと仕事で輝きたいと、思っているのを見ていたし、

応援していたので、

離婚は当然だと思っていた。

 

でも、歯科医と結婚したり、

外人に騙されそうになったり、

恋愛を楽しんでいるように、

女性に主導権があるすばらしさを見せてくれているように感じていたけれど、

今回、このようなことになって、

心が痛む。

 

沙也加ちゃんは、お金も権力も生まれたときから身にまとっているのに、

そのすべてが、自分の力でなく、

自分を通して、母親の若い頃を見てしまう私達によって、

母親の力によって、簡単に手に入ってしまうことに気がついていた。

だから、もがき苦しみながら、

自分の足で立とうと頑張ってきた。

 

結婚や子育て、

時間が経ってしまい、

母親が離婚してしまった年になって、

母親の孤独やもがき、苦しみも

理解できるようになってきたのだろう。

 

幸せな家庭を築きたい。

キャリアも自分の手で手に入れたい。

 

その両立はとても難しい。

 

自分のほうが強い立場にいると、

男の人は萎縮したり、くつろげなかったり、

包容力を発揮できない。

 

世間が、ヒモ扱いして、認めないので、傷つく。

本当のクズになるか、

自分を偽るか、

優しいふりをしながら、支えながら、

自分を支えてくれる、自分の自尊心を傷つけない弱い女性に安らぎを求めるか、

 

女性として、弱い自分を支えてほしいし、

支えてくれるだけの、強さや包容力を相手に持ってほしい。

だから、

自然に、自分より稼いだり、余裕があったり、

力のある人に寄りかかりたくなるけど、

自分自身が

強くあろう、そして、強くなった時は、

自分より強くて、余裕のある人はそんなにいない。

 

同じように、頑張って、同じように、自分の足で立ち上がろうともがいている

同志はいるけれど、

その人たちも、自分を支えてくれる、避難場所のような、

闘わなくてすむ、安全地帯を必要としているし、

自分をたててくれて、

鼓舞してくれて、

見守ってくれる、そんな母親のような余裕のある、

社会の闘いの中で、満身創痍になっていない、

エネルギーの充実した人との空間が必要。

 

そう考えると、

沙也加ちゃんを拒否した彼の言い分は、

彼自身を守るために必要な

しょうがない理由であっただろうし、

 

沙也加ちゃんの絶望は、

ふっと、雪の舞う階下に身を投げ出したくなるような

理解可能のものだっただろうなと想像できる。

 

聖子ちゃんが神田正輝さんと離婚しないといけなくなったとき、

神田さんが

ふと安らぎを求めて、浮気を許されたように、

聖子ちゃんの浮気も、

そのままなかったことに出来たのなら、

今、

子供の死を前に、

崩れそうになっている聖子ちゃんによりそってくれる唯一の存在に

神田さんがなってくれと思う。

お互いに、必要な存在なのに、

バラバラになってしまい、

その2人の間で、娘が苦しみ、

傷つき、アダルトチルドレンのようになってしまい、

最後の最後に、

命を絶ってしまった

最後の最後に、

乗り越える力が育たなかった・・

そのことを考えると、

誰が悪いわけでもなく、

誰もが精一杯生きているのに、

こんなに悲しい結果になってしまって、

すごく心が痛む。

 

才能があって、愛されて、

皆の大事な娘であった沙也加ちゃん、

安らかに・・。