誕生日が来た。54歳になった。
母が54歳の時を考える。
まだ父の仕事を手伝っていて、一番パワフルだった頃だ。
お金も持っていたし、私達と海外旅行ばっかり行っていたし、
友人も多く、ばりばりマウンティング合戦には勝ち続けていたし、
外食も、買い物も、一番していた頃だ。
一方、私は、友人ゼロ。
知り合いは訪問介護先の精神病んだ人や、認知症や生活保護の人ばかり。
孤独で、つながりもなく、
仕事で入ってくるお金も数百円の仕事ばかりで、
夫はモラハラ。会話もなく、
夫の稼ぎが命綱なので、黙って、従順に耐えている。
息子たちも夫を見習い、私を下に見るようになってしまったし、
自分の身体や将来に悲観しかない。
そんな54歳。
最近、思い出の物が、今とつながりのない過去のものになってしまって、
友人も、物も、
捨てられずに、ずっと取っていたけど、
今後の自分に関係ないものだと思えるようになってきて、
手放せるようになってきた。捨てる。
今の生活に関係がないから。
今年は年賀状も用意しないつもり。
相手に会っても、
今の自分は、相手にキラキラした存在ではないと思うから。
整理しようと思う。
54歳になって、深夜考えた。
最近の短期記憶のかけ、
認知症の初期段階かもしれない。
いつ、自分が思うように動けなくなっても
いいように、準備する時間なのかもしれない。
物事をシンプルに、
他人でもわかりやすく、整えていく。
親の死後、荷物の処分に追われる息子たちを思うと、
私にできるのは、身軽になって、分かりやすく整理整頓すること。
そして、
今の社会にアジャストすること。
今のうちに自分のことをやって、
親の家をやって、
将来の負荷を軽くしようと思う。
寂しいとは思うけど、
自分の現役の思い出は、
動画や写真や、
つぶやきは、
残して、
息子たちが見たいときは見れるように
残しておこうと思う。